福岡県田川郡福智町
農事組合法人
広谷営農組合

花木畑土風山空谷
einoh! hirotani


任様変わりしていく農業(30年前と比べると・・・)


皆様の農業に対する感想はいかがですか?
「体力的にきつい」「服が汚れるでしょうか?
30年前に比べると農業は驚くほど変化を遂げました。
機械の進化で体力的にもかなり楽になり、唯一草刈りが最もきつい作業と言われるようになりましたが、この草刈りも終わってみると雑草がきれいに刈り取られ、スッキリ美しい!景色になります。

もちろん相手は自然ですので、暑い日、寒い日、雨の日もあります。十分に休憩をとり、なるべく体に負担がかからないよう作業を進めています。


作業 昔のやり方 今のやり方 写真
種まき 機械に苗箱を置き手作業で土、種をまいていきます。
土は各自調達し、種も各自調達でした。機械を手回しする作業はそれほどきつい作業ではありませんでしたが、誤って苗箱を落としたりすることもあり、決して効率の良いものではありませんでした。


作業の流れはさほど変わりませんが、基本自動で作業は効率良く進んでいきます。
土の供給はリフトで機械の上から。ストッパーがあるので誤って苗箱を落とす心配もありません。
700枚くらいの苗箱への種まきも3〜4時間程度で終わります。
尚、種、土共に福岡県の優秀なものを採用しています。
水あて 「あてこし」(上の田から順番に水をあてること)の田がかなりの割合を占めていました。
当然水は上から下へと流れるため、下の田ほど水あてに時間がかかり、とても神経を使っていました。
土地改良工事により、ほとんどの田は単独で水あて、排水ができるようになりました。
「あてこし」のように上の田からの水を気にすることなく作業ができます。
微妙な水位の維持も田ごとに楽にできるようになっています。
代かき 田植えの準備作業として代かき(しろかき)があります。雑草を除き、なるべく高低差を少なくし、田植えに適したコンディションを整えます。
耕運機最後の時代でした。すでにトラクターが各農家にはあり、押して耕す時代から乗って耕す時代へと移ります。
この頃のトラクターはまだ屋根がなく、暑い日はとても体力を消耗したものでした。
現在のトラクターはキャビンつき。エアコン装備で作業はずい分と楽になりました。
カーステレオならぬトラステレオ?も装備され、誰もしませんが作業中のカラオケトレーニングも可能!です。


田植え ほとんどの農家では押して植えるタイプの田植え機で、二条植えくらいのものが主流でした。
当然作業には時間がかかり欠株(田植え機が苗を取り損ねること)も多く見られました。そのため植えつぎ(人力で田植え機が植え損ねた箇所に苗を植えること)は必須でしたので、田植えも結構大変な作業でした。
トラクターのようにキャビンはありませんが、五条植えでスピードの速さは昔とは比べ物になりません。
一度に10数枚の苗を積むことができ、広い田んぼもみるみるうちに苗が植わって行きます。
苗が少なくなるとランプが点滅し、植残しをすることがありません。
稲刈り ハーベスター(オペレーターが地上から操作し、脱穀までを行う)からコンパインへの移行期でした。
当時は脱穀した米を袋に詰め、袋が一杯になったところで田んぼに落としていました。現在のように農道が整備されておらず、回収は袋かついで運ぶというとても骨のおれる作業でした。
最も大きな違いはコンバインにホッパー(脱穀した米を吸い上げて吐き出す装置)がついたこと。
田んぼ脇にトラックをつけ、荷台に積んだ箱に米を流し入れます。
米はライスセンターに運ばれ乾燥、もみすりされます。
昔は各戸に乾燥機があり、乾燥、もみすりまでしていました。


農閑期が少なくなっています


各戸で農業を営んでいた時代は兼業ということもあり、春の田植えの時期、秋の収穫期はいわゆる農繁期で、朝早くから暗くまで作業が続いていました。
法人化した現在でも春と秋の時期が農繁期であることには変わりありませんが、比較的手のかからなかった夏場でも他の作物のケア草刈作業などの作業が待っています。また、稲の収穫の後には麦植え麦踏み、大豆の作付け、除草、刈り取りの作業も絡みます。
正月が明けると間もなく作業を始めます。研修会、講習会にも積極的に参加生しますので、年間を通じて極端な農閑期は少なくなっています。都会の方から「そろそろゆっくりしているころでしょう」と言われることがありますが、意外と忙しく毎日を過ごしているのです。

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